顕微鏡観察による貼付試験判定法

(河合法)

日本産業皮膚衛生協会
事務局 河合 淳


1.目 的
 物質の皮膚に対する一次刺激性を判定する方法は、従来より種々の方法が考案されてきた。 現在広く用いられている方法である貼付試験は、貼付部位に起きた紅斑、浮腫等の可視的炎症性変化を もって判断される。しかしながら、可視的炎症を起こしにくい低刺激性物質については判定が困難で ある。このような低刺激物であっても繰り返し皮膚に使用することで皮膚炎を惹起することが知られ ており1)、このような微細な刺激についても評価判定を行うことが 必要である。このような場合、これらの物質を高濃度で貼付されることがあるが、ヒトに対する場合 、危険性が高いうえに実用濃度とかけ離れている。また、これらの結果が、実用濃度での刺激性を示し ているとは、必ずしもいいがたい。そこでこれらの欠点を補うため、角質層を剥離して行ったり、 期間をおいて何度も繰り返して貼付する方法2)なども報告されている が、いずれも煩雑さ、判定の困難さが欠点となっている。このような欠点をなくし、微細な刺激を 判定できないものかと考え、レプリカ法が河合により考案された3)。 この方法により、1971年より商品の市販前の皮膚安全性の試験として実施し、1992年11月現在実施件数 10,550 件を越えている。その判定結果と商品の市販後の安全性との相関関係をみるための追跡調査を 過去3回実施したところ、いずれにおいても高い相関を認め4)、商品の 皮膚安全性の試験として有用と考えられたのでここに紹介する。


 
2.検査試料及び被験者
 2-1 適用範囲
 皮膚に接触して使用される物質、例えば繊維、繊維処理剤、化粧品、洗剤、外用医薬品、 医薬部外品等、並びにこれらに使用される原材料に適用できる。
 2-2 検査試料の調整法
 原則として以下に述べる方法で検査試料を調整する。
 繊維製品等は、市販される最終製品を貼付する。
 繊維処理剤等は、市販される生地又は局方ガーゼを使用し、実際の使用濃度に加工して貼付する。
 化粧品、外用医薬品、医薬部外品等は、市販される最終製品を皮膚に直接塗布する。但し、 洗剤等は、 市販される最終製品を使用濃度に調整し、皮膚に直接塗布する。
 また検査試料が液体・粉体の場合はそのまま皮膚に塗布、あるいは、精製水または軟膏基剤 (白色ワセリン等)に混和して貼付することもある。このような場合には、用いた精製水または、 軟膏基剤を対照として別の部位に貼付する必要がある。
 2-3 コントロール試料及び調整法
 本法では、試料とは別に、コントロール試料として皮膚刺激性が弱く安定性の高い柔軟仕上げ剤 の一つであり、10数年間市販して皮膚炎様クレームのほとんど無かったゾンテスTA-4308 (松本油脂製薬(株)製)をTable 1に示す条件下で局方ガーゼに吸着、乾燥させたものを貼付し、このコントロールの反応と検査試料の反応との差をもって皮膚刺激性の判定を行う。即ち安全性の確かめられたものをコントロールに使用し、これと検査試料との比較を行うことにより被験者に生じた反応の個人差をできる限り除去しょうとするものである。
 2-4 被験者
 試験機関が、常に被験者の肌を観察して管理している健常成人の被験者170名の中から年齢性別を考慮し、20名を適宜選び実施する。
 試験実施にする際、検査試料の説明を行いインフォームドコンセントを得る。また、被験者においても一度試験すると、絆創膏のカブレ等もあり、肌が元に戻るまで次の試験まで最低1ヶ月間は期間をあける。


 
3.検査法
 3-1 検査試料の貼付方法及びレプリカの作成方法
 上記の被験者20名の上腕内側部に試料を貼付する。貼付方法を Fig.1に示す。試料が繊維の場合、試料を1.5cm角に切って貼付部位に当て、さらに試料の上を2cm角のガーゼ2枚でおさえ、絆創膏で軽く固定する。液体・粉体の場合は、そのまま皮膚に塗布するか、精製水または、軟膏基剤に混和して適量を1.5cm角に貼付し、2cm角のガーゼ2枚でおさえ、絆創膏で軽く固定する。 24時間貼付後、試料を除去し、貼付部位を観察し、肉眼的に異常の無いものに限りレプリカ標本を採取する。異常のある場合は、肉眼判定陽性と判定し、レプリカ標本を作成しない。レプリカ標本の採取方法は、レプリカ板(Nitrocellulose 製の直径2cmの薄い透明円盤:河合産業皮膚医学研究所製)にレプリカ液(n-butyl acetate:河合産業皮膚医学研究所製)を均一に塗布して表面を溶解させ、塗布面を被験部位に1〜2分軽く圧着し、皮膚表面より静かに剥離し、レプリカ台紙8(Fig.1の10):3cm×5cm:河合産業皮膚医学研究所製)に貼りレプリカ標本を作成する。
 3-2 観察方法
 得られたレプリカ標本は、以下の方法で顕微鏡観察する。
 デスクタイプ万能投影器(オリンパス製)及び実体顕微鏡(ライカ WILD M10 )を用い、倍率50倍にて試料を観察する。その際、レプリカ標本を8〜9回移動して、全視野を観察する。
 観察順序は、コントロール試料より順次試験試料について観察する。


 
4.観察されるレプリカ像
 4-1 円形皮丘
 正常人の両上腕内側部の皮膚紋理は明瞭な直線状の皮溝に囲まれた三角皮丘Fig.2左上)である。円形皮丘はFig.2の示すように三角皮丘全体が円形化するように観察できる現象で、円形化の度合いにより(−)(±)(+)(++)の4段階で判定する。
 この現象は薄い石鹸液や消毒用アルコールで皮膚を拭いた後のような軽微な刺激によって認められる。一過性の微視的な皮膚最上層である角質層の浮腫と考えている。しかし一般健康人の40%くらいは何等の処置を加えないでも常に円形化している。
 4-2 陥凹皮溝
 Fig.3に示すように正常な皮溝は、浅く観察されるが刺激物を貼付した部位では、正常像に比べて皮溝が深くなる皮溝深化がみられる。
 実体顕微鏡ではこのような変化は、皮溝に沿って帯状にみられる半透明な膜状部分として観察される。この膜状の帯は皮溝の深まりのレプリカである。これは、あたかも半透明な屏風がめぐらされているのを見おろしている感じで、正常な皮膚では、その屏風が低く直立しているものが、異常部では高く幾分傾斜して立っているのが容易に観察される。このような変化は、実体顕微鏡を用いて観察している。
 皮溝に沿って帯状に見られる半透明の部分が散在し異常な高さを示したり、また一部に集まっている場合等があるため注意して観察しなければならない。判定は反応度に応じて(−)(┴)(±)(+)の4段階である(Fig.4)。
 この陥凹皮溝の現象は、比較的弱い刺激下で出現するが、刺激が強くなるにつれてこの変化が消失するため、可逆性、一過性の変化と考えている。
 4-3 皮溝浅化、皮溝消失
 皮溝浅化は前述した皮溝深化とは逆に皮溝が浅くなり不明瞭となる現象であるFig.5)。このような皮溝浅化がさらに進み皮溝が観察できず消失してしまったものを皮溝消失Fig.6)とよんでいる。
 これらの変化は、真皮の浮腫により皮溝が下から押し上げられ浅くなり、さらに進むと消失するものと考えている。蕁麻疹膨疹部では、皮溝浅化が起こっている5)
 4-4 不整皮丘皮溝
 不整皮丘皮溝は、皮溝の連続性が損なわれて断線状を呈し、皮溝、皮丘の区別が不明瞭になった状態である。皮膚表面の形態が貼付した検体の刺激により破壊された変化と考えている。この段階では皮丘と皮溝は確認できない(Fig.7)。
 4-5 皺襞皮丘 
 皺襞皮丘は、皮丘内に多くの小ジワが出現する現象である。合成洗剤等の界面活性剤の濃度が上昇するに従って、出現数も高くなる傾向にあるため、皮膚の一種の脱脂・脱水化現象と考えている(Fig.8)。
 4-6 膜状鱗屑 
 膜状鱗屑は、角質層が数層、かなり広い面積で葉状あるいは膜状に剥離してくる現象である(Fig.9)。
 これら皮溝浅化、皮溝消失、不整皮丘皮溝、皺襞皮丘、膜状鱗屑等の変化は、比較的強い刺激で出現する。


 
5.判 定
 判定は刺激の強さに応じて以下に述べるA-STAGEからD-STAGEまでの4段階分けて観察、記録したものを総合して判定する。
 5-1 A-Stage
 Fig.2に示すように円形皮丘の程度により(−)から(++)までの4段階で判定する。
 5-2 B-Stage
  陥凹皮溝の変化の強さにより判定する。20名の被験者のうち、検査試料により陥凹皮溝反応の(+)の反応を示した人の数を試験体刺激指数とし、コントロール試料も同様に陥凹皮溝反応の(+)の数をコントロール刺激指数としてその差をもってB-Stage刺激指数とする。
 5-3 C-Stage
 皮溝浅化、皮溝消失、不整皮丘皮溝、皺襞皮丘、膜状鱗屑を被験者20名中1人でも認めた場合は、C-Stage陽性と判定する。
 5-4 D-Stage
 肉眼判定により、紅斑、浮腫等20名中1人でも認めた場合、D-Stage陽性と判定する。
 以上A〜D-Stageの観察結果より、検査試料の皮膚刺激性は、以下の判定基準により総合判定される。
   (1)陰性について
   (B-Stage刺激指数≦0)
   (2)準陰性について
   (B-Stage刺激指数=1〜2)
   (3)準陽性について
   (B-Stage刺激指数=3)
   (4)陽性について
   (B-Stage刺激指数≧4)
    または、C-Stage陽性、D-Stage陽性
 判定基準をこのように決めたのは、市販後に皮膚炎様クレームを起こした商品を多数集め、retrospectiveに調べたところ、試験結果がB-stage刺激指数 8以上または、C-stage陽性が20名中1名以上を認めたものにこのような皮膚炎様クレームが多く認められた。そこで、安全率をかけてB-stage刺激指数4以上もしくは、C-stage 陽性1例以上を陽性とした。


参考文献
1)K.E.Malten:Thoughts on irritant contact dermatitis. Contact dermatitis 1981:7:238-247
2)Finkelstin,P.,Laden,K.& Miechowski,W.:New method for evaluating cosmetic irritancy. J.Invest.Derm. 1963:40:11-14
3)河合享三:顕微鏡観察による貼付試験判定法の研究.皮膚科紀要.1971:66:161-182
4)河合淳:河合法追跡調査結果報告.日皮協ジャーナル 1991:27:80-90 
5)E.Temesvari,G.Soos.& J.Daroczy:Experimental investigation of skin reaction in contact urticaria. Contact dermatitis 1991:25:62-63